「パパ見知り」なる言葉があるのをここ数日で初めて知りました。
どういうものかっちゅーと、早い話がパパを見て人見知りしちゃうこと。育児への参加機会が少ないパパがお世話をする時に、ベビーが嫌がって泣いてしまう…というのがざっくりしたお話なのですが、その背景にはパパが育児に非協力的だったり、仕事でどうしても顔を合わせる機会が少ない…などが考えられるようです。どっちも当てはまらんのですが。
まあパパ見知りというのも俗称ですから、どこまで正確に表現しているかは疑問の残るところではありますが(※)、「母親とそれ以外」の区別がつくようになってきた、母親のもとを離れたくない、と感じて、パパにお世話される時のいろんな感情を整理できずにギャン泣きで表現しているという、ベビーの成長の表れであります。
※生後2~3ヶ月頃に現れるこの時期をいわゆる「人見知り」と区別するために
「パパ見知り」とする説もあります


妻のお腹に命が宿ってからもう1年になります。私がそれを知るのは4月の自分の誕生日だったのですが、妻の言葉を借りれば、娘と妻は苦楽を共にした"戦友"なのです。
一方、父親はどうでしょうか。幸い我が家は気持ちの上では全力で寄り添っているものの、身体はへその緒でつながっているわけではなく、心労あれど起きられないほどでもなければ、急に食べられないものができたり、どうしようもなく眠くなったりするわけでもなく、自分の睡眠と関係なくお腹をボコボコ蹴られる不思議も直接体感することはありません。毎日逆子体操をして、寒い中換気を良くしながらお灸を燻すのも、基本は見ているだけです。
(こんなことをウッカリテレビで言うと切り取って批判されそうですが)生まれる前からずっと一緒にいる母親に勝とうなど、困難な話なのかもしれません。幸いなことに、娘は母の匂いにたっぷり包まれて育っていますから、「それ以外」の入り込む違和感はどうしても避けられないのでしょう。

とはいえ、とはいえね。12月7日にまだ胎脂ぺっとりの娘を抱き、里帰り中は週に数回ペースで会いに行き、1月16日からは1日も欠かすことなく一緒にいるのです。外回りや料理など目を離す作業は私がメインで行うので、その間のかかわりの多少は当然あるのですが…やっぱり泣かれるのはつらいです。
どうしてなのでしょう…早朝に起きてそんなことを考えていたのですが、そういえば泣いて暴れるときって、ほとんどミルクの時間なんですよね。それも昼間が多い。
単純に抱っこで泣いてしまうことはほとんどありませんし、一緒に遊んでいるときはキャッキャと笑ってくれます。
哺乳瓶の乳首が嫌だというのもあって妻の時も若干イヤイヤするのですが、私の時だけどうも泣き方が違う。もしかすると、ミルクを与えてくれる人のメインが妻だという認識をしているのかもしれません。私ももちろんミルクは与えるのですが、どうしても離れ作業が多く、完全に交替とはならんので…。
となると最早勝ち目はありません。パパ見知りの解決法はめげずに向き合ってこの時期を切り抜けることなのです。何ヶ月続くかわかりませんが、「ママともう一人お世話してくれる人とそれ以外」になるまで頑張るしかないわけですな。


いうわけで27日土曜日。妻と抱き方や揺らし方を試行錯誤しながらどうにかこうにかあさイチはうまくいきました。自然と肩が上がってしまうなどのクセにも気づきましたし、妻と腕の長さが異なるので、抱き方も全然違うということも改めて認識できました。
ところが昼間は再びギャン泣き。疲れて寝そうなタイミングで乳首を突っ込み、寝落ちするまで飲ませてなんとかクリア。
ここ数日耳鳴りと頭痛も一緒に闘うこととなり、頭痛薬と耳栓代わりのイヤホンがつよい味方。イヤホンは娘の異変を察知できなくなる可能性があるので、「音源側」の片耳だけ。それも耳への刺激を減らす目的なので、音楽を鳴らさずに突っ込むだけです。もちろんシャットアウトはできませんが、声がストレートに入ってこないだけでかなり楽になります。

日曜のあさイチまではよかったのですが…昼飲まそうとすると予防接種以上の泣き声でヒートアップしてしまい、こっちも抱き方を変えゲップをさせ、オムツを確認して、もう出番のなくなった「母乳実感」まで妻に持ってきてもらい、あれこれと1時間奮闘したのですが…収まるどころか過去最悪の状況に陥ってしまい、右耳がキンキン鳴りだしたところでギブアップ。
娘、圧勝。父、惨敗。




「代わろうか」





「……………かわってくれえ…」



これ以降は一緒におねんねしたり、笑わせてスキンシップをとってみたりと、授乳以外のところで娘と触れ合いました。お風呂上がりの仕上げはいつも通りだったのでほんとに授乳以外はいつも通りでした。
実はギャンギャン泣いている時に意地で世話をしたり、イライラを表に出すと敏感に察知してしまうため厳禁なんだとか。よって本日はグズって暴れ出したら交代してもらう、というやり方でトライしています。もう気長にふんばるしかねえ。

とはいえ明後日はワンオペですよ。無事に終えることができるのでしょうか。母親の顔が見えなければ頼る人間が自分だけになってうまくいくかもしれないという期待と、打つ手のなくなった時に頼る人がいないという不安とが入り混じっております。綱渡りでもいいから、トラブルなく終わってくれますように。



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台所のお話です。気分が滅入っていてもメシは作らにゃいかん。
むしろ食材と向き合う時間は貴重なリラクゼーションタイムかもしれません。あれこれ悩むのはなんだかんだ言って楽しいし、この楽しいと思っていられるのがあと何年続くかわかりません。今楽しいことは今やっとかないと、次を探すのはとっても大変ですよ。
何言ってるのかわかんないかもしれませんが、私もよくわかりません。


27日の朝は肉じゃがとイワシの残り。
ご飯もしっかり食べて少々カロリーオーバーだったので、昼間はお手製サラダチキンとゆで卵、生野菜どもを摂取して調節。
夜は久しぶりの焼きビーフンと、レタスと卵のコンソメスープ。

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具材は豚、人参、ピーマン、キャベツ、きくらげ、エビ、しめじ、ちくわとたっぷりぎっしり。前回と同じくフライパンの蓋が閉まらんほどの野菜をぶっこみました。
まあ野菜だしいいでしょう。満腹で1日トータル1kgプラスでしたが、翌日のお通じがよかったのでオーライ。


28日の朝は久しぶりにパンを焼こうと思っていたのですが、起きたら8時半。
レンジ発酵の時短パンでささっとやっちまいましょう…と思っていたら、問題発生。

レシピの分量を1.5倍にしようと思っていたのに、粉量だけを1.5倍してしまっていたのです。
水分やバターは足せるがイーストは今更足せない…!!!
(レンジ発酵はイーストを粉に加える前にあらかじめ牛乳・砂糖と混ぜる「予備発酵」を行う)

しょうがない、温度を少し上げて発酵時間も長く取ろう…などと甘い考えでイースト以外の分量を調節し発酵させてはみたものの、中々ふくらまず。夏場であれば40分、冬でも1時間少々あればできるはずの時短パンは、焼き上がりまでたっぷり2時間かかってしまいました。
それでも発酵が甘くて焼き上がりも「とりあえずパンらしくはなったかな」の若干失敗作パンですが、妻は美味しいと思ってくれたらしく、ふたりで朝昼兼用におなかいっぱい食べてなくなりました。

時短パンの材料
強力粉300g
バター30g
塩5g
砂糖30g・牛乳180ml(A)
ドライイースト5~6g

(下準備)牛乳は40℃程度にあたため、バターは室温にもどしておく。
①Aを混ぜ合わせ、ドライイーストを振り入れてかきまぜ8~15分放置。
 泡立ってきたら予備発酵終了。
②強力粉に①を加え、手で混ぜ合わせてまとめていく。
 生地の端を折り返して掌でつぶす作業を繰り返す。
③塩・バターを加えてさらにこねる。こね作業はトータル150~200くらい。
④丸めて非金属の耐熱ボウルに入れ、600Wで35秒、15分ほど様子見。
 生地が2倍程度の大きさにふくらみ、指で押して生地が戻らなければ発酵完了。
⑤9等分して丸めなおし、15cm×15cmの型に並べる。
 くっつき防止の為、型には植物油を塗っておく。
⑥固く絞った濡れ布巾をかけて10分~20分程度休ませる。
 オーブンを200℃に予熱する。
⑦生地表面にも植物油を塗り、オーブンで焼く。
 焼成は8分~10分程度で様子を見ながら。型からはずして完成
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植物油は塗らなくても焼けます。


夕食は6時ごろから牛すじを下ごしらえ開始。
一旦茹でこぼしてから、ショウガの千切りを加えて臭みを抜きます。
軽く湯通ししたこんにゃくを加えてグツグツ。
砂糖4、酒5、みりん5、田舎味噌100gを加えてさらに煮詰めたら完成。
盛りつけてネギを散らしましょう。

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大阪の郷土料理、どて煮(どて焼)です。
ホロホロでうま味の詰まった牛すじ、たまらん…!

他の料理も添えて、日曜はこんな感じで。


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冷凍ごはんがたまっていたので消化。
水菜は千切り昆布と輪切りの鷹の爪を混ぜ、塩をまぶして2時間漬け込み。
その間にホールトマトを鍋にあけ、水煮大豆と野菜どもをイン。
セロリ・人参・しめじ・キャベツを順に落として煮込めばスープの完成。
味付け香りづけは塩とバジルでシンプルに、お好みで粉チーズを添えて。



さて、時刻は19時ちょうど。
どて煮と水菜の浅漬けが余ってるから、今夜は味噌汁でも添えて片づけましょうかね。