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手前は僕の愛車・ベンリィ50S改(HA03純正エンジン=85cc)
奥は友人のVストローム650です。

加悦SL広場、これまでに2回訪れましたが、それぞれ分ける意味も写真を仕分けているとそんなになさそうだったので、2日分まとめて掲載しています。今回は客車メインかな。


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キハ40というと、鉄道好きの方なら…現在も活躍している国鉄型両運転台のディーゼル機関車、を想起するものかと思われますが、ここに飾ってあるキハ40は旧型式のものとなります。
のちにディーゼル機関車による旅客輸送が一般的となってからは当のキハ40に名を譲り、キハ08 3として活躍していたようです。
ということはこの車体はディーゼル機関車が出始めた頃に活躍していた車両となるわけで、なんでも木造客車の鋼体化改造を施した60形客車「オハ62」がディーゼル機関車による輸送となってから余剰になっていたため、その客車に運転台をこじつけてディーゼル機関を搭載するという国鉄の無茶苦茶な改造によって生まれたものだそう。そんなに長く使う気はなかったのか、客車時代を脱していない平たい顔、まさに取ってつけたエンジン…こんなものが1970年当時の釧路機関区に配属され、極寒の大地を駆けていたというから驚きです。1977年に加悦鐡道へ車籍をうつし、1985年の廃線まで活躍したのちにここで静態保存されているのだと…残念ながらこちらは車内に入れませんが、間近で見ることができます。

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キハ083の横は動態保存車の構内運転コースが伸びており、かつてカフェ「蒸気屋」として営業したサハ3104が見えます。先ほどバイクの前に停まっていたやつですね。

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この踏切警報機もどうやら現役のようです。Youtubeに上がっていた動態車運転イベントでチンチンなっておりました。

https://www.youtube.com/watch?v=gsI0eW-Z5W4



面白い車体はこれだけではないので続々とご紹介致しますが、ぐるっと見て回るときに必ず目に入るものがあります。今となっては世にも珍しい、手動式転車台です。

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遠巻きにも目立つ赤茶けた橋。
これがさらに面白いことに、狭軌線路の間に2本、余計なレールが敷いてあるのです。

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実はこの転車台、先の画像手前に写っている場内周遊列車「ロケット号」の線路にもなっており、乗車すると狭軌のおよそ半分の軌間で走る列車が、ちょうど間に敷かれたレールに乗って走ることになるわけです。なんとも説明が難しいですが…保存車両たちにとっては一般の狭軌道1本、周遊列車にとってはもっと狭い特殊狭軌道2本分の役割を果たしているわけです。

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保存車両を格納する機関庫。もうここに出入りする車両もないのでしょうか、それとも保存活動は続けられていくのでしょうか。


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このキハ101系というのも保存車としては日本唯一のもので、1936年に加悦鐡道発足10年を記念して発注されたものでした。元はガソリンカーで、のち1968年にディーゼルに換装されてから1980年ごろまでのおおよそ44年間活躍していたようです。その後は廃線を経てなお休車だったようですが、2002年に動態化作業を経て実働車となりました。
この車体の面白いところ…というかもう加悦SL広場全体の車両にも多いのですが、まず車両がスポーク車輪であること。
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加悦鐡道発注の車両として動態保存のDB201、通称森ブタさんも実はスポーク動輪。
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エンジンはディーゼル自動車用のものを取り付けた、まさに最初期のディーゼル機関車だそうですよ。


キハ101は動輪2軸・他方は1軸という「片ボギー」と呼ばれた車両で、片ボギー車としても実働なのは唯一これだけのようです。車体の前についているものはバケットと呼ばれる荷物置き場。
静態保存ではありますが、加悦鐡道で活躍したもう1両、キハユニ51もこの形をしています。

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転車台に並べられた静態車の一番奥にいるのがキハユニ51.

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加悦鐡道として活躍していたころはキハ51として車籍を置いていたようですが、登場当初の芸備鉄道(現在のJR西日本・芸備線)ではキハユニ18となっており、キハユニ51は除籍後に改造しその姿を復元したものになるようです。
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図面は製造元の日本車輛から1993年に直接入手したとか。
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車外からも郵便・荷物室の格子が見えますね。
ちなみにユは郵便、ニは荷物車の略号となります。
キハユニは気動車の三等車(現在の普通車)・郵便・荷物車であるわけですね。

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運転席の背面隠しには「日本政府鉄道=国鉄」の英語がちらっと見えたり。
後にご紹介しますが、乗車券は国鉄宮津線・山陰線のほうまで直通で売られていました。

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客車内はこんな様子。二枚扉で全席シンプルなロングシート。
室内は板張りで、当時の雰囲気そのままに残されています。
郵便室は仕分け棚が取り付けられていて、実際に郵便が取り扱われていた頃は郵便局員が添乗していた様です。荷扱にはバケットを使っていたのでしょうか…

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運転台は今と全く異なる、手動変速方式であり、現在のマニュアル自動車みたいなもんです。連結時には、列車を1台の運転台で運転する、いわゆる統括制御ができないので、2両以上の連結で運転されるときはそれぞれに運転士が搭乗し、ブザ合図で変速を行っていました。加悦鐡道がそれをやっていたかは…謎です。ただし車両は連結ができるように作られているようです。


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場内をぐるりと歩くと、腕木式信号機が目に入ります。
2号機関車側から見た写真しかありませんが、
この右奥にある保守用車TMC100BSも面白いものです。

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車体の一部にレールのような鋼材が使われています。

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このハ10形客車は二等座席と三等座席が扉で仕切られて1両に存在している珍しい車両です。

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こちらが二等車。背もたれにもモケットがあって、小さいながら室内は三等席と仕切られています。

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こちらが三等車。背もたれはなく木造張りの内装が田舎の列車っぽさを感じさせます。

背もたれぐらいしか差を感じることができませんが、当時の優等席というのは運賃と客層に大きな差があり、二等運賃(現在のグリーン料金といったところでしょうか)を支払える客層と、そうでない庶民とで分かれていたのではないかという考察。

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場所は旧鉱山駅にあるのですが、加悦駅の駅舎を再現した建物がエントランスになっています。

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建物の2階は資料館になっていて、加悦鐡道で使われていた通票(閉塞の確保に使われていたもの)や4号機関車の銘板、様々な形のレールなどが展示されております。


最後に、出札窓口(入場券うりば)の横にある加悦鐵グッズを入手。

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当時ものとは思えない驚きの価格、200~500円で売られているきっぷ。
当然ながらマルス券や磁気化エドモンソン券のような半軟券はなく、軟券および硬券です。

加悦鐡道開業55周年記念乗車券(紙製軟券)
2号機関車110年記念乗車券(銅製…硬券???)
硬券3包6種と2号きかんしゃくんキーホルダーを手に入れ、広場をあとにしました。


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次は29日のさよなら運転会にお邪魔する予定です。