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 ブログとは別に、わけあってその日の体調と短いセンテンスを非公開の日記として残しているのですが、特に今日は「アホなことできるってホンマは幸せなことやな」という振り返りになりました。

 昨年の4月29日は、「平成最後の昭和の日」となり、とあるTwitterの投稿がきっかけで大正駅は異様な盛り上がりを見せていました。駅前のドラッグストアには明治のカールおじさんがノベルティを箱いっぱいに抱えて登場、同社のR-1は全銘柄で周辺店舗から軒並み姿を消すなどし、プラットホームは記念撮影をする若者で溢れ返り、警備が強化されていました。

 僕とて例外ではなく、どういう流れか会社の先輩を伴って、文明堂で購入した令和どら焼きと、事前に購入していた明治R-1を持って大正駅に赴き写真を撮るなどしていました。確かあの日は、阪急高槻市駅から少し歩いたところにある「安満遺跡公園」の現地視察が目的だったはずで、これがメインの行事ではなかったように思います。

 現在は府県を跨ぐ外出は自粛しており、月初めに閉園後の加悦SL広場を訪れて以来、兵庫県内…とりわけ、尼崎・西宮〜神戸間にて諸用を済ませています。不要不急となれば県境をまたぐ外出などないに等しく、燃料も大して消費しないことから、食費を除く諸経費は過去類を見ないほど安く抑えられており、旅行や乗物趣味というのはつくづく金がかかるもんなんだなあと自己の金遣いを反省する良いきっかけになっています。
 平成31年のこの日における過ごし方を思い返すと、はたから見ればアホらしい盛り上がりだったなと思うし、そこから安満遺跡に行くために燃料代も飲み物代も飯代も費やして1日過ごすのもアホやなあと振り返る次第です(ちなみに、諸経費の中で「文明堂の令和どら焼き」が一番高かった)。

 しかし、これが平成32年…つまり今だったとしたら、COVID-19の感染拡大に伴って外出は抑制され、人々は距離を空け、無駄な外出はSNSに投稿されてしまうような社会で、こんなことはできなかったでしょう。そう考えると、この一見ふざけたイベントも、貴重な時間だったように思えてならないのです。

 18:30現在、僕は夕食を兼ねた休憩時間。窓の外にはダダンダダンとしんどそうにレールを叩くはずの私鉄さんが、カタカタと軽い足取りで通り過ぎていきます。
 外も観光でガヤガヤするはずなのですが、街灯のビーンという音が聞こえるほどに静かです。こんなに静かなのは早朝深夜くらいですが、これがほとんど1日中続くものだから、なんだか自分一人別世界に置き去りにされたような気分です。その気分が予兆も含めてほとんど1ヶ月続いていると、何もできないこの時間は、疲労や苦痛に形を変えて心を蝕もうとします。幸い僕には守るべき家族と求めるべき収入があるため、若干依存しながら心の平穏を保っていますが、少しでも今と違う環境にいたとしたら、僕はとても正気を保てなかったと思います。

 働いているのか休んでいるのか、寝ているのか起きているのか。必要な人員配置とはいえ、なんとも中途半端な時間を過ごしている今こそ、これまでの豊かな生活においては真に「無駄」と言える時間なのかもしれません。早く帰って妻に会いたいものです。