旅夫・鉄嫁・育休中

かえりの距離を考慮せずに旅に出る夫(27)鉄道大好き嫁(23)とVVVFに胎教された娘(5m)。 夫婦で1年間の育休を取得し、3人暮らしスタート!

2020年03月

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営業している状態では最後の来訪となる加悦SL広場に行ってきました。
広場の存在は昨年ぐらいから意識して知っていたのですが、なんだかんだで来訪は閉館が決定した後になる3月6日でした。
28,29の土日にはさよなら運転会と称し、動態保存されているキハ101とDB201による体験試乗ができるイベントが催されました。新型コロナウィルスの感染拡大が懸念され、イベントは大幅縮小、全員着席・便指定乗車・乗車定員の半数以下で運行・マスク着用推奨という異様な光景が見られるイベントとなってしまいました。
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上:キハ101 下:DB201

僕はこれまでも、これからも「ラスト」と称されるイベントはむちゃくちゃ苦手で基本的に顔を出しません。ラストにしか来ない(来れないも含めて)連中は大抵マナーが悪いからです。最後を惜しむ気持ちはみな一緒だというのに、マナーの悪いアホのせいでそれまでの思い出まで嫌な気持ちで犯されてしまうのがたまらなく不愉快で口惜しいんですよね。この日も加悦鐡道保存会の皆さんからの注意事項を無視して立ち入り禁止エリアに三脚を立てたり、運転中の車両に触れようとする人がいたり、また特段の注意はありませんでしたがレール上空でドローンを飛ばしている者もいました(安全上の観点から密集環境やイベントを支障する場所での飛行は避けるべきです)。

しかしこのSL広場に出会って最初の運転会が最後のイベントとなってしまったので、貴重な2両の実働車に乗るべく、同業の友人を連れて訪れることにしました。もっと早く出会っていたかった…グチはこの辺にしておきましょう。

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どういうわけか、気が付けばこんなところにおりました。
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手前は僕の愛車・ベンリィ50S改(HA03純正エンジン=85cc)
奥は友人のVストローム650です。

加悦SL広場、これまでに2回訪れましたが、それぞれ分ける意味も写真を仕分けているとそんなになさそうだったので、2日分まとめて掲載しています。今回は客車メインかな。

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加悦SL広場、という名前は耳にしたことがありました。静態・動態展示のある鉄道公園としては非常に歴史が長く、その時代は戦前戦後にまで遡ります。

時は1925年、当時の国鉄宮津線・丹後山田駅(現在の京都丹後鉄道宮津線・与謝野駅)から与謝郡与謝野町加悦に存在した「加悦(かや)」駅を結ぶ鉄道「加悦鐡道」が存在し、以後国鉄分割民営化直前まで運行されていました。
旅客輸送はもちろん、国鉄直通でニッケル鉱石などの貨物輸送も行っていた加悦鐵ですが、ニッケル鉱山の閉山に始まり、国鉄の昭和60年ダイヤ改正をきっかけに貨物輸送が廃止され、マイカーブームも重なったことで旅客の足が遠のき、以降は赤字の一途。1985年に60年の幕を下ろした、という歴史があります。

加悦SL広場は、加悦鐡道史の中でも比較的後期にあたる1977年に当時の加悦駅構内へ設置され、SL保存展示の場として当時から賑わっていたようです。加悦鐡道で走行していた車両に限らず、全国あちこちから珍しい車両たちが運び込まれたようですが、当時から保存状態は思わしくなかったようで、加悦鐡道廃止後に保存会の皆様による壮絶な修復作業を経て、このSL広場が開業したと聞いています。
1996年に現在の場所へ移転開業したそうですが、丹後地域の多雨気候から車両の状態は日に日に悪くなり、維持管理を担う作業員も1人しかいないそう。現在運営を担っている宮津海陸運輸が本年2月17日に3月末での閉園を発表し、その後についてはまだ何も決まっていない…という現状です。

実はここには大阪~神戸間の鉄道が開業した当時から旅客輸送で活躍していた、ロバート・スチーブンソン社製「国鉄120型蒸気機関車(=加悦鐡道2号機関車)」が146年の時を超えて静態展示されており、そんなものがこの地方路線に払い下げられてなお活躍していたというのだから驚きです。文字で語るのも限界がありますので、写真に語っていただきましょう。

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大阪貨物ターミナル駅のすぐそばにあります。



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